親父ギャグ推進組合
人生を積み重ねてきた危機感を抱く十二人の男たちが、ある地下室に集まっていた。
「皆さんご周知の事実と思いますが、昨今、煙草の煙は文字通り煙たがられております」
組合長の言葉に、地下室に集まったサラリーマンや八百屋、魚屋などの商店主、工務店の社長や左官職人、その他諸々の面々が頷いた。議事録をとっている税理士があえて空のコップで水を飲もうとし、空だと気づき慌てて水を注いだが、誰もが見てみぬ振りをした。愛ギャグ家であるこの税理士は、場の空気が読めないという哀しい性を持っていた。
「香水のきつい香りもいずれは規制され、つける量も適量が義務づけられるでしょう」
サラリーマンが整髪料の香りを気にして俯いたが、その他の面々は同意の頷きをした。
「皆さん、これは由々しき事態ではありませんか。巨大なローラーが道に点在する少数の凹凸を均していくのです。わたしは危惧しています。このままでは親父ギャグやだじゃれも規制の対象になってしまうのでは、と。『親父ギャグにはうんざり』『だじゃれを聞かされるのは苦痛を伴う』などと世論が高まり、いずれは飲食店に親父ギャグ禁止のステッカーが貼られ、会社や公園の隅に設置された申し訳程度のスペースで肩を寄せ合い、休憩の貴重な時間を割いて親父ギャグをこぼし合う破目に陥るのです。皆さん、立ちあがりましょう。このまま手をこまねいていてはいけません。我々が親父ギャグやだじゃれの質を向上させるのです。周囲の『また始まった』といわんばかりの溜め息はもうたくさん、おおいに笑わせようじゃありませんか」
地下室は拍手で満たされた。そして太字で印刷された親父ギャグの横に、年齢と職業と親父ギャグ推進組合の名称を記した個人名秘匿の紙を街中いたる所に貼り出そうという、組合長からの具体的な作戦が提案された。
「異議なし」
満場一致の可決の声に押され、組合員たちは採用を狙い、胸中で温めすぎていささかふやけ気味のアイデアを披露していった。
“まいった、まいった、舞っ茸”
八百屋、六二歳。
“トンテンカン、どこに釘打つ、トンチンカン”
工務店社長、七十二歳。
“コテでこってこてに壁を塗る”
左官職、四十五歳。
“取引先にお引取り願う”
サラリーマン、四十九歳。
“電話のコールが、こぅるさい”
地方公務員、三十九歳。
文字として印刷する以上、だじゃれのほうが伝わりやすいという暗黙の了解を了解もせず、税理士が「ごめんなサイ」といいながら顔の前でサイの角をかたどってみせた。
密室である地下室に木枯らしが吹き抜けるなか、襟をかき合わせ組合長が立ちあがった。
「皆さんの素晴らしいアイデアに、私の胸のうちは常夏のハワイです。ですが皆さん、より磨きをかけようじゃありませんか。残念ながら、このまま街中に貼り出しても鼻で笑われ御臨終でしょう。こうして集まったのですから、皆さんの意見を頂戴し、互いのアイデアを磨きあげ、全身を震わせるほど笑わせるよう、我々が力を合わせ昇華させるのです」
組合長の音頭で活発に意見が交わされ、いささかふやけ気味のアイデアから、荒波の世情を闊歩するであろう骨太の騎士然としたアイデアが次々産声をあげ、休む間もなく珠玉のだじゃれを吐き出し続けた印刷機が、吐き疲れから高熱を発し永遠の眠りに誘われた。
推進組合の面々は刷りあがっただじゃれを前に、改めて笑いの渦に呑まれ息もできなくなっていた。なかにはだじゃれの眩しさに畏れを抱き、直視をはばかる者まで現れた。
「……それでは皆さん、このだじゃれを三十部ずつ持ち帰り、仕事の合間なり、帰路においてなり、密かに街中いたる所へ貼り出してください。……皆さん、私は組合長として、あなた方を今日ほど誇りに思ったことはありません。さあ、一矢報いるのです。我々が親父ギャグの未来を切り開きましょうぞ」
印刷機の高熱にも負けないほどの熱に浮かされて、親父ギャグ推進組合の面々は蔑みの刃が研がれ続ける戦場に赴いていった。
それから二週間後、組合長は大衆食堂で昼食をとりながら、新たな課題に直面した。
作戦は見事成功し、新聞やテレビで取りあげられ巷の話題をさらっていたが、食堂のテレビから流れる昼番組のコメンテーターが、独自の視点から疑問を投げかけたのだった。
「あれは親父ギャグとは呼べませんよね。親父ギャグは、笑えないという宿命を背負うからこそ、親父ギャグと呼べると思うのですよ」
組合長の戦いは、果てしなく続く。