いいところ鳥
今宵もまた、手ぶらで家路についている。
猟師ながら鉄砲をぶっ放すこともなく。
石ころを蹴飛ばすも心は晴れず、猟場での不手際ばかり道筋に浮いては消える。
かわいいウサギの警戒心をほぐし、慎重にテリトリーに分け入り、鉄砲をぶっ放す心構えを整え始めた矢先、横合いからいいところ鳥に獲物を持っていかれたのである。
この頃、いいところ鳥の被害にあってばかりいる。なんとか手を打たねばならない。
このままでは銃身が錆びついてしまう。
ひもじく独りの夜をおくり、対策を練るにはまず敵を知るべし、と辞書をひく。
《いいところ鳥》
美味しいところ鳥目、いいところ鳥科。
《生態および習性》
姿形ほどよく麗しく、自然と目をひく。
七色の声を用い警戒心を抱かせず、生存本能に長け、身づくろいに余念なく、常時周囲に目を光らせている。
すでに狙いをつけられている獲物に対し、より強い興味を示す傾向を持つ。
主に横合いから突如飛来するため、とばっちりという砂煙を巻きあげるのが特徴。とばっちりのひいた後にはヒガミ虫や、ハガミ、ヤッカミといったカミキリ虫の仲間が生まれることもある。
《分布および生息地》
全国各地。
《別称》
地方により、ヨコドリ、ブンドリ、カッサライ、マタカ、などとも呼ばれる。
辞書を閉じ、寝床にもぐり込んで銃身を磨きつつ、対策を練りあげる。明日こそ腕の見せどころ。早々に眠りにつく。
秘策を携え、いざ猟場へ。
うら若きウサギの警戒心をほぐし、そっと身構える。やはりきた。いいところ鳥が飛来し、うら若きウサギを奪い去る。
してやったり。
いいところ鳥はうまくやったつもりだろうが、さにあらず。うら若きウサギは見せかけにすぎない。秘策的中。本命は別にいる。
辺りにいいところ鳥の気配なし。猟場の隅に移動し、さり気なく本命のもとへ。
ほがらかウサギの警戒心をほぐし、慎重にテリトリーに分け入る。反応は上々。そろそろと鉄砲をぶっ放す心構えを整える。
ひもじき夜々よ、さようなら。
だが鉄砲の存在を察知した刹那、ほがらかウサギが嘘のように身を翻し走り出す。
ここまできて、そりゃないだろう。
去り際にちらりと振り向くほがらかウサギの瞳が、素っ気なくこう語っている。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ。でも、あなたとはそんな気になれないの」
ほがらかウサギは、いまさらながらメンクイという種であったと気づく。
こればかりは、いかんともしがたい。
今宵もまた、手ぶらで家路についている。
夜空の月が、また明日もあるさ、とやけに温かく揺れている。