誰でも主役になれる映画

       誰でも主役になれる映画
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 ディスクが再生され始めると設定画面の無駄にきつい光量が、夜のとばりに包まれた室内を不必要に明るく浮かびあがらせた。
“主人公の顔を設定してください”
 今日発売されたばかりの新作映画。悪の組織に盗まれた機密情報を追う政府職員。奪還を阻む組織の魔手、魔手、魔手。深手を負う政府職員を癒し支える謎の美女。やがて政府職員は愛の力で苦難を乗り越え、ついに組織のボスと命運をかけ対峙する。はたして機密情報は取り戻せるのか。失われた平和のバランスは再び保つことが出来るのであろうか。
 もちろん主役は、俺以外にありえない。
 指示に従い、映画の登場人物を自分自身のデータを上書きすることで差し替えられるこの機器が発売されて以来、すでに登録済みである俺の顔のデータを呼び出し設定した。
 続く声や体型なども登録済みのデータを使い、主人公の設定は終了。必要とあれば容姿をより見栄えよくする機能もあるが、そんな細かすぎる修正は省略。誰だって気分よく自分を映画に登場させたいものだろうが、俺はありのままの俺として観たいのである。
“ヒロインの顔を設定してください”
 謎の美女。たまには往年の名女優にしようか。以前のように主役以外の登場人物は差し替えずとも元の俳優のままで観られればいいのだが、最近はそうはいかない。自分以外の人物まで投影し楽しむ人のため、主役はもちろんヒロインや脇を固める重要人物などは、俳優が演じた骨組みだけが残され、観る側が肉付けしなければ本編が始まらないのだ。
 だが、往年の名女優は諦めよう。データ購入に金が必要だし、作品の質や内容次第では使用が許可されない。今回は問題ないだろうが、使用権の許諾手続きには時間がかかる。
 結局俺は毎度のことながら、登録済みである売り出し中の規制がゆるく無料で使用可能な無名女優を選んだ。たいがいの人は、妻や彼女や想いを寄せる相手などを設定するようだ。そして独自の世界を構築し、自分だけの映画を堪能しているらしい。そういった目的のために製作される作品の内容はシンプルであるほど喜ばれ、成就する恋愛もの、勧善懲悪のヒーローもの、苦味のないサクセスストーリーもの、などが人気を集めている。
“悪の組織のボスの顔を設定してください”
 ここはためしに、仕事の現場で嫌いな人物でも設定してみるか。組織のボスはラストで諸悪の根源らしく無残に散る。それを成すのは主人公であるこの俺。こうした映画では嫌いな人物を気持ちよく粉砕出来るのも醍醐味のひとつ。実はいずれこんな日もくるだろうと、そいつのデータは登録済みなのである。
 しかしボスはラストになるまで痛い目にあわない。どうせなら序盤で崖の上から投げ飛ばされたり、中盤でヒロインに股間を蹴りあげられたりもさせたい。さて、どうするか。
 ふと時計を見ると設定だけで三十分も経っていた。明日は早朝から仕事が入っている。
 そこで俺は、一括機能を選択した。この機能を使えば敵対する人物、この作品の場合は悪の組織のボス及び全人員を、俺の嫌いな人物にすることが出来るのだ。誰がなんの役か混乱もするだろうが、嫌いな人物ばかりをばったばったと倒して行くのは爽快だろう。なにより、これ以上時間を無駄にしたくない。
 ようやく本編が始まった。
 こうした映画が人気はそれなりにあるものの、より多くの人々にまでは浸透していないのも頷ける。設定が面倒すぎるのだ。まあ理由はそれだけではないだろうが、本編再生までの時間短縮は改善すべき点に違いない。
 そうすればこんな手間をかけてまで、この作品を観なくても済むのだ。
 もっと簡単に観賞したいものである。
 俳優として、俺が主役を演じた作品くらい。