水をくれ
その男はあと五歩が刻めずに、激しい喉の渇きと疲労に耐えかね、枯れ木のように痩せた音をたてて倒れこんだ。
もはや乾燥した大地を這い進む力など、男には僅かばかりも残されていない。
投げ出された腕は微動だにせず、ひび割れた唇が小刻みに震えながら、砂まじりの熱気を弱々しく吸っては吐いていた。
それでも男は、倒れたことすら気づかないまま、爪先だけで虚しく地を掻き続けた。
逃げ出そうとする命を繋ぎ留めようと、眼前にある水筒を掴み取るために。
飲みたい。水が、飲みたい。
曇りがちだった男の瞳はいま、水を求め、生を欲し、それらの想いが集約され、異様なほどの光を湛えて澱みない輝きを放っていた。
水、水、水。
男は、一念が岩をも通すように念じた。
水、水、水。
すぐそこに、水筒がある。手を伸ばすことさえ可能であるならば、苦もなく届く距離に。
水。
水。
水。
男は、喉から手が出るほど水を希求した。
……み……ず……。
そして、男の一念が岩を通した。
喉から出た生白くふやけた手が、水筒を力強く掴んだのだ。
助かった。
男の双眸は、ほとばしる歓喜に見開かれた。
が、その瞳は一瞬よぎった疑念にかげり、みるみる曇り始めた。
男は、考えている。
この水を、どうやって飲めばいいのだ。
喉から出た手は、戻りそうもない。