達成感

           達成感
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 私は達成感というものを、これまでに一度も味わったことがありませんでした。
 子供の頃に習ったピアノ、習字や絵画や、そろばん教室などは、いつのまにやら通わなくなってしまうのです。そうそう、夏休みのラジオ体操ですら途中で投げ出してしまいましたよ。
 私は自分でも呆れてしまうほど、飽きっぽい性格なのです。
 ピアノの発表会もなく、習字や絵画が市役所などでひと目に晒されることもなく、そろばんはローラースケートに変わり、ラジオ体操で押されるスタンプなど埋まったためしがありませんでした。
 なんといいますか、やり遂げる決意を持続した先にある成功と不成功の狭間に引かれた一線ですか、私はその一線というものを越えるどころか、遠目にすることすら叶わなかったのです。
 大人になってからも当然のように英会話は身につかず、資格取得の通信教育を申し込んでみても通信は途中で途絶え、自動車学校は仮免許さえ拝めずにやめてしまいました。
 本当にどうしようもないやつなんですよ、私って男は……。
 でも、だからこそ、達成感というものが一体どのようなものであるのかと、人一倍気になってしょうがありませんでした。
 自分で味わえないのなら、それを味わったことがありそうな人物に聞けばいい。そう思い声をかけたのが彼でした。彼は会社の後輩であり私の上司なのですが、酒の席への誘いには快く応じてくれました。
 酒がすすみ、私は頃合をはかり、ぽつりぽつりと語りました。子供の頃のはなし、大人になってからのはなし、総じて達成感というものを知らないということを。
 彼は口の達者な人物でした。
 私に、こう切り出してきたのですから。
「先輩は達成感を知らないんじゃなくて、気づいていないだけですよ」
 怪訝な顔をしていた私に、彼は笑みを交えてさらにいいました。
「先輩はなにひとつ達成していないということを、見事に達成しているじゃないですか」
 こういうのを、機知にとんでいるというのですかね。ばかばかしい。
 確かに半年前に酒の席で彼からそういわれた時、私は笑っていたかも知れません。うまいことをいうものだと。その言葉に胸の奥を突き刺され、深くえぐられながらも。
 ええ、彼を殺したのは私です、刑事さん。
 彼が発した言葉から殺意がうまれ、その殺意を半年ものあいだ抱き続け、私は、ついに一線を越えることができたのです。
 今後、彼の言葉はなんの意味も成しません。
 私はいま、本物の達成感を味わっていますから。