お調べ
浪人風の輩や町人達がそわそわとお調べの順番を待つ部屋において、江崎源之進だけは襟を正し静かに端座していた。
「江崎源之進、こちらへ」
太く深みのある声が響く。
だが、源之進に動く気配はない。
「え・ざ・き・げ・ん・の・し・ん、こちらへ」
苛立ちを交えた声が、再び響く。
源之進は辺りを探るように見回し、他に進み出る者がいないことを見定めると、決然と声の前へ進み出た。
「おそれながら、おかみに言上つかまつる」
「ほう、なんじゃ」
「それがし『えざき』にあらず、『えさき』にござる」
「なんと、『ざき』ではなく『さき』だと申すのか」
「はは」
「しかしこちらの帳面には、カタカナでも主の名が記されておるのだが」
「それは、そちらの手違いかと」
「ふうむ、そうであるか。ことは厳正に運ばねばならぬが、書き直しは思いのほか手間がかかる。なにより、後がつかえておるしのう……。あいわかった。源之進とやら、すまぬが後日出直してまいれ」
「それがしに戻れと申されますか」
「そうじゃ、ほれ行った行った」
その場を無下に追い払われた源之進は帰り道、困惑顔でぽつりと呟いた。
「先ほどの無情ぶりは、それがしに切腹を命じた我が殿とよい勝負だな。しかし、いったいどう戻れと申すのだ、閻魔様は……」
思わずうな垂れた源之進の首が、音もなく転がって行った。