宝探し

            宝探し
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 わたしは家族と共に過ごす時間を、なによりも大切にしている。
 日曜日の昼下がり。本来なら遊園地にでもいくべきだろうが、そこはそれ、すこしばかり知恵をしぼれば屋内でも充分に楽しめるものである。たとえば、周到に隠された宝物を探しだすゲームなどをして。
 子供たちの遊び場とかした邸内は、幼い心が発する好奇心で満ちていた。
「ねえパパ、ぼくはこれを見つけたよ」
 元気いっぱいの息子の手には、金色の腕時計。小さな手の平のうえで、文字盤がきらびやかな輝きを放つ。
「これこれ、パパ」
 兄のあとをついてまわるのが大好きな娘の指には、余りある隙間を残したサファイアの指輪。愛くるしさにあふれた娘のせいか、立派な指輪がまるでオモチャのように感じられてしまうから不思議だ。
「あらあら、すごいじゃない。ふたりは本当に宝探しが得意なのね」
 ビンテージワインで喉を潤していた妻が感嘆の声をあげるなか、わたしは味わい深い香りのする葉巻をくゆらせ、メモ帳を手にした。子供たちが宝探しをより楽しむためにも、ちょっとしたスパイスが肝心なのだ。
「よし、発表するぞ。腕時計は百二十点、指輪は百八十点だ」
「えっと、合計で三百点だから、千点になるまで、あと七百点だよね」
「あとななひゃ~くてん」
 子供たちとは、ある約束をしていた。探しだした宝物の質に応じて点数をつけ、ふたりの合計が千点に達したら、まえから欲しがっていたTVゲームを買ってあげる、と。それが宝探しをより楽しむための、ちょっとしたスパイス。
「残り時間はあとどれくらいなの、パパ」
 まあ、TVゲームがかかっているからには、二十分という制限時間も設けてあった。壁かけ時計がちょうど三時の時を刻んだら、宝物を探せる時間は終了、というわけだ。
「おや、あと十五分しかないぞ。もっともっと、いい宝物を見つけてこなくちゃな」
 子供たちは再び冒険へと駆けだし、二階への階段をのぼっていった。
「あんまり騒がないのよ」
 優しくたしなめる妻と微笑を交わし、ワイングラスをあわせる。澄んだ音色がリビングに響いて優雅な暖かさをもたらし、充実した時間が流れていく。
 わたしにとって家族とは、すべてだ。家族のために生き、その家族が支えてくれる。この家族なくして、わたしという存在は決して成り立ちはしない。
「おにいちゃんずるいよ~、あたしがみつけたのに」
 子供たちが慌しく階段をおりてきた。
「高得点まちがいなしだよ、パパ」
 泣きながら妻に抱きつく娘をよそに、息子は厚みのある茶封筒を自慢気に差しだす。
「うん、確かにいいものではあるな。でも、お札がたくさんだから七百点といいたいが、妹を泣かせたぶんを減点して、五百点だ」
「え~っ、そんなのないよ」
「いいかい、妹の手柄を自分のものにしようとしたんだろう? そんなずるは、とてもいけないことだぞ。それに合計点というのは、ふたりで仲よく頑張って力をあわせた点数って意味なんだ。おまえには、わかるな」
「……はい」
「さあ、千点まであとちょっとだ。残り時間は、もうわずかしかないぞ」
 階段をのぼっていく息子の後姿は、すこしばかりしょんぼりとしていた。
「まってってば、おにいちゃん」
 おいていかれるのが寂しいとばかりに、泣かされたことなどすっかり忘れ、娘も必死になって階段を駆けのぼっていく。
「本当に、お兄ちゃんっ子なんだな」
「あらあなた、まさか嫉妬かしら」
 わたしは妻に苦笑を投げあたえ、茶封筒をあらためた。すると、ワインの酔いがそうさせるのか、妻がわざとらしく手元を覗きこむように寄り添ってきた。
 それとも、妻のほうこそ娘に嫉妬しているのだろうか。どちらにせよ、いまだかわいらしいところがあるじゃないか。子供たちは二階にいるし、この際、キスくらいなら……。
 しかし、首を傾けようとしたまさにその時、壁かけ時計が三時を知らせるメロディーを奏でてしまった。しかも、虚をつかれたわたしは、ずいぶん間抜けな顔をしていたらしい。妻が可笑しそうにクスクスと笑っている。
「ぎりぎりセーフだよね、パパ」
 時計のメロディーが鳴り止む寸前、子供たちが戻ってきた。わたしは気を取りなおし、セーフだよと軽くうなずいてやった。
 あとは、宝物に点数をつけるのみだ。
「あらまあ、かわいいクマさんね」
 妻の声にうながされ娘を見ると、娘はアンティーク風のぬいぐるみを抱いていた。
「ごめんねって、おにいちゃんが」
 喜びにあふれた瞳に見あげられ、かっこ悪いことをしたとでも思っているのか、息子はとてもくすぐったそうにしている。
「これで千点は越えるでしょ、パパ」
 ぶっきらぼうに差しだされた息子の手には、ダイアモンドのブローチ。
「あたしはね、これこれ」
 娘が首からさげているのは、真珠のネックレス。
 ふたりとも、高得点をねらえる宝物を見抜くいい目をしていた。さすがは、わたしの子供たちだ。なかなか、やるものである。
「では、発表といこう。ブローチは二百五十点、ネックレスは二百点。さっきのを足して、合計で千二百五十点だ」
「じゃあ、約束どおりTVゲームだよね」
「ああ、おめでとう」
「わ~い、やったやった」
「ゲーム、ゲーム」
 ソファーのまわりを飛び跳ね、子供たちが歓喜の声を弾ませた。
「ほらほら、あんまり騒いだらいけませんって、いつもいっているでしょう」
 といいつつ、やはり妻も一緒になって嬉しそうにしている。
 家族と共に過ごす、幸せに満ちたひと時。このひと時が、たまらなく愛おしい。
 これで、宝探しは無事に終了だ。
「それじゃ、TVゲームを買いにいこうか」
「は~い、パパ」
「いこう、いこう」
「そうね。急ぎましょう、あなた」
 こうしてわたしたち家族は、いそいそと宝物をバッグへ詰めこんで、見知らぬ他人様の邸宅をあとにする。